味酒、三輪の山、あをによし……
きのふはさくらゐへゆきて、三輪山に登拝しき——なべての山にはあらず、山さながらにして神なればこそ、ここにのぼるをさして「登拝」とはいふなれ——いみじく険しきに、大物主神のみちからを感じつつのぼれり。道すがら、するどき雨うちふりて、うろたへたるに、ぬかるみをこえ、頂にたどり着けば、あなあはれ、げにえもいはぬ、奥つ磐座のかたじけなさに心すみぬ。
まことに後光さしてゐたり。しかれども神域につき撮影はかなはぬなれば、見すべきものは何ひとつとてなし。
くだりてのち、崇神天皇磯城瑞籬宮趾(しきのみづがきのみや)をみき。われがほかはまことに誰かありけむ。かつてはくにのさかえのしるしなりしとふこの地にひとりゐることのたのしくもありせつなくもあり、拙詠。
しきしまのやまとのみやのあとどこにさすべきかげもいまはさぶしゑ
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